シネマ感覚思考 / cinema-feel-think

1つの記事内に基本、映画紹介パートと、ネタバレありパートに分けて記載しています。お見知り置きくださいませ。



映画感想:『大いなる闇の日々』

 

 

 

 

 

ここでのルールを教えてやるよ

 

 

 

 

『大いなる闇の日々』

    英題:The Great Darkned Days』

 

 

 

 

あらすじ

  チャップリンの物真似大会で優勝した後、親戚の家へ向かおうとするフィリップ。大会終わりで公共シャワーを浴びていると、突然若者たちが近寄って来た。「ここでのルールを教えてやるよ。」シャワー浴びてる奴の物はオレの物ばりに、衣服荷物すべてを持っていかれてしまう。呆然とした後、全裸で奪い返しに行くフィリップ。 身ぐるみ剥がされるなんて序の口だった。悪夢のような超現実が連続する。興行プロデューサーに見初められたのは夢だったのか。朝目覚めると一面の雪。飛び交う銃弾。逃げ込んだ先の悪夢。

 

 

 

 

 

 

 

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 感想

  第31回東京国際映画祭コンペティション部門上映作品。

  観終わった後、ずっと恐怖が続いていました。今まで観た中でトップクラスに恐ろしい作品だったかもしれません。まさに悪夢の連続で、超現実に翻弄されっぱなしの鑑賞時間でした。 監督も仰しゃっていましたが、耐えがたい恐怖は次に何が起こるか分からないから沸き起こるのだと実感しました。

  画面に映し出される超現実は人間存在そのものが作り出したもので、ある意味では現実的な悪夢でもありました。人間存在そのものから沸き上がる、悪夢的な恐怖が連続して迫って来るのは初めての事でした。同様の恐怖はこれまでも他作品で感じたことはありましたが、それは大抵一つの事象に対する恐怖でした。しかし、本作品では人間存在そのものの恐怖が、別種の事象をかたどって複数迫ってきたのです。最悪の体験であり、最高の時間でした。

 

東京国際映画祭のアワードで無冠なのが惜しいほどです。

  だけども、シネマ感覚思考的、第31回東京国際映画祭コンペティション部門、"助演役者賞"!!受賞作品!!!!です!!

  個人的には何かしら賞を贈りたかったので、素晴らしい1人芝居を披露した、巡業セールスマン役コディ・フェルンさんに助演役者賞を贈ります!

 

✳︎シネマ感覚思考的アワードは、東京国際映画祭アワードの発表前にTwitterにて発表させて頂きました。

 

おすすめです!!!!

 

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

✳︎Q&Aは東京国際映画祭HPの公式レポートには掲載されていないものになります。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネタバレ感想

  鑑賞中、分からない、とても奇妙な恐怖感を覚えていて、ずっと耐えられなさを感じていました。先程も書きましたが、最悪で最高でした。

 

 

  後々思うと、この映画は、"人間が、人間の生み出したものに奪われ続ける映画"だと感じました。登場人物全てが何かを奪われているのです。

 

劇中、ラジオから聞こえてきた、戦争に動員されない奴は国民ではない、と言う大統領の演説に対して強い拒絶感を示すフィリップ。戦争がなければ、逃げる事をせずに済んだでしょう。戦争に動員させるための演説は国のために生きることを呼びかけているようで、ひどいものでした。これで、フィリップは居場所の強奪をされたように思います。

 

  逃げる前の一息として、シャワーを浴びているだけでチンピラに衣服を奪われていきます。物理的な強奪です。

 

  そして、いよいよ悪夢的な超現実への突入。野宿から目覚めると一面の雪。突然の場面転換に相当驚きましたし、そこから作品内の世界に没入していきました。そして、謎の叫ぶ人影、銃弾が飛び交い始める急展開。逃げ込んだ先で、主人に客としてもてなされたかと思いきや、現れる鎖に繋がれた四つん這いの奴隷。それを犬のように当たり前に扱う主人と、犬として振る舞う奴隷。ここから、ずっと恐怖でした。

 

  奴隷を助けようとしたフィリップは捕まり、自らも売り飛ばされそうになります。逃げ出さないように生コンクリのような泥に入れられるフィリップ。引いたショットと、恐怖で呆然としたフィリップの顔が底知れぬ怖さを与えてきます。奴隷商人がする会話全てが怖い。奴隷売買の商談、奴隷となったフィリップを黙らせるための言葉。音響装置による拷問。そこから、国の象徴としての奴隷商人が立ち上がってくるのを感じました。システム化によって作り出された生の売買をとり行う者たち。その部下もやりたくないのに、やらざるを得ない。恐ろしかったです。尊厳の強奪を見せられました。

 

  奴隷商人の隙をついて、逃げ出す事に成功したフィリップ。その際の緊張感のある間が長いショットはもう、ハラハラでした。全体的に間のあるショットが多いんですが、それが良い緊張感と味になっている作品だと思います。逃げ出した先で辿りついた野外上映に映し出される傷痍軍人の顔や肢体。だんだんと世界がグラグラと揺れていくようでした。

 

  風景の美しい荒涼とした丘で、5、60年代風の白いスーツを着たセールスマンに話しかけられるフィリップ。タバコを勧められ、一度は断るも、演説のようなトークで言葉巧みにもう一度勧められると、吸わないはずのタバコを口にする。その演説のような一人芝居が奇妙な恐怖感となって鮮烈な印象が残っています。資本主義の象徴のようなセールスマンの言葉と動作は、フィリップを助けたようにも見えるのですが、それはセールスマンに飲み込まれたと言った方が適切でしょう。それは意思の強奪でしょうか。そのあまりにも違和感のない成り行きに恐怖でいっぱいになりました。

 

  ぐいぐいと寓意的な世界へ足を踏み入れていくフィリップと共に旅をして、戦争、国家、暴力、資本主義、人間の産物の悪夢的なものに心底恐怖しました。そして、それらが実際に機能過多である現実そのものが悪夢的です。夢で済まないのです。非常に興味深い作品でした。

 

 

 

 

 監督と主役によるQ&A書き起こし

  東京国際映画祭にて、監督のマキシム・ジルーさんとフィリップ役のマルタン・デュブレイユさんが登壇され、Q&Aが開かれました。その際にお二人がおっしゃっていた事を記したいと思います。

  このQ&Aは東京国際映画祭HPの公式レポートには記載されていないものになります。 

 

マキシム・ジルー監督

・トランプ政権の誕生からこの物語を着想した。

・映画内で、はっきりした時代を見せたくなかった、戦争は第一次世界大戦とも第二次ともとれる。

・人種差別、不寛容が未だにある、何も変わっていない、知的にはなっていない、ずっと同じ場所にいるようだ。

・人間は種として暴力が必要なのかもしれない。

 

・チャップリンを選択した理由は、映画、ハリウッド、アメリカンドリームの象徴として。

・チャップリンの独裁者の冒頭のスピーチ、寛容さについて書いたわけだが、今も全く同じ状態だ。

・素朴な一般の人々を描く事に遊びを入れようと思った。人々は様々なことを知りながら知らないことにしようとする、ナイーブになろうとする。

 

・巡業セールスマンは良い人物ともとれるかもしれないが、監督にとっては悪魔。 ・暴力で屈しなかったフィリップを次はマーケティングで屈させる。タバコを今吸わなくてもいつか吸うよ、という誘い方や、お金をあげるからこっちにおいで、こっちのシステムにおいでというやり方で。

・このシステムは良くないし、上手くいかない、最終的に戦争を起こしてばかりだ。それを人々は分かっているのにそこへ乗っかってしまう。セールスマンは、それに誘ってくる悪魔だ。

・セールスマンの服装は砂漠に溶け込むように選んだ。カメレオンのようにそこにある。システムにいつ間にか、取り込まれてしまっている。

 

・音楽というのはとても大事で、キャラクターの一人。ホラー映画みたいな、深く怖がらせてくれるような効果を持たせた。

・主人公も怖がっている、ずっと何が起こるのだろうと。それは今の世の中もそう。色んなことが悪くなっていって、次は何が起こるのだろうと。

・そのため、この音楽の感じは監督がいま世の中に感じている感覚で、何が起こるのだろう、全て悪くなっている、これからどんな風になるのかという事への隠喩。

・演技の演出に関しては、素晴らしい役者とやるのは簡単だった。 奴隷商人には大声を出さなくていい、なるべく低い声で、何よりも足音で感じさせてくれと言った。 奴隷商人が1番の悪者で、他の人は偽善者、仕方なく人身売買をしている。

 

・撮影を1940年代の主流だったスタンダードにした。これば、撮影監督と選んだ。横長のスクリーンにいるのではなく、主人公が四角の中に閉じ込められている画が欲しかった。

・作品にコントラストがビジュアルとして欲しかった。美しい自然と暗い人間の世界の対比。非常にカラフルでパンチが効いたアメリカンドリームから、暗くなって、また色彩溢れる中に戻っていく。 マルグリットの絵画みたいだと思った。

 

 

フィリップ役、マルタン・デュブレイユさん

・脚本も参加したし、作品のアイデアは分かっていたが、細部がどうなるか分からないと感じていた。日々変わりながら撮っていたので、最終形がどうなるか分からなかった。方向性は理解していたが。

・チャップリンを演じて、作中で本当に放浪者になったのは面白かった。

 

・撮影はとても大変だったが、プロデューサーがいい人たちで助けてくれた。裸で駅を走るシーンは、体から蒸気を出すために冷たい水を寒い中かけて行った。走ったら乾いていくので、何度も水をかけられた。プロデューサーのナンシーさんが一枚しかないタオルを何度も乾かして温めてくれた。

・大変そうに見えるシーンと大変に見えないシーンあるが、必ずしも撮影の大変さとは関連がない。

・女性が歌を歌うシーンでは、相当疲れていたのだが、撮影のセットアップに大変時間がかかって大変だった。

・泥に浸かる撮影は3日あったが、マルタンさんを忘れてみんながランチに行ってしまった事があった。奴隷商人役のロマン・ジュリさんとの夢のような撮影も、自分は下から見上げるだけとか、色々大変だった。

・大変だったが、結果を見ると監督とまた組みたい。

 

 

✳︎鑑賞した回に行われたQ&Aの日本語訳を書き起こして、一部編集したものになります。

以下のリンクは、東京国際映画祭で行われたプレス向けQ&Aとインタビュー、上映Q&Aです。

 

プレス向けQ&A 

 

インタビュー

 

上映Q&A(上記の書き起こしとは別日のもの)

 

 

 

 

 演出についての雑記

以下は、作品内の演出についての雑記です。

 

・歩いて旅に出たフィリップが道すがら同郷の興行プロデューサーに出会いヒッチハイク。縁と未来の予感を感じさせるのですが、案内された先が謎の銃弾が飛び交う場所。後に奴隷商人のアジトで興行プロデューサーと再び出会うという。やりたくてやってるわけじゃない、システムの一部となった人間の怖さでした。

・雪の中での目覚めは完全に意表を突かれましたね。斬新。

・音響による拷問はシビれました。

 

・銃弾飛び交う町で、逃げ込んだ家の主人の「あたしは恐れられていて、連中も手出しできないから安心しな」的なセリフからの、四つん這いの女性登場は、そら恐れられるわ、の一言でした。犬状態の女性の立ち回りも恐ろしい。何より、それに対して厳しめの犬の飼い主のように、当たり前に接する主人も恐ろしい。

 

・この映画で、恐怖を感じた一端として、音楽による演出が効果的だったと思います。高音と低音、両軸の不安定な音が、不気味さを押し上げていました。 個人的に、前情報一切なしで見たドゥニ・ヴァルヌーヴ監督『メッセージ』での、宇宙人とのファーストコンタクトでかかる音楽を思い出しました。何が起こるか分からない恐怖としては、似ていた体験だったかもしれません。

 

 

 

本当に恐ろしい内容でした。グロテスクさとか、直接的な暴力は抑えめだったと思うのですが、ここまで恐怖を感じられるのは、演出と展開の上手さによるものだと思います。

 

 

 

以上、『大いなる闇の日々』感想でした。ありがとうございました。